盲導犬とともに

                                  生井良一 

 私は学生時代に突然難病にかかり、1年足らずで失明してしまいました。その後復学して勉強を続け、現在は都内の大学の短期大学部で環境教育を担当している男性の教師です。内容は都市環境、そして地球環境といったことです。失明後には両眼も摘出しましたので、光の明暗も分からない状態ですが、いろいろな人のご協力のおかげで教師生活を15年以上続けてくることができました。授業の資料集めには、都立図書館の対面朗読サービス、加えて多くのボランティアの方のご協力をいただいております。もちろん、最近ではインターネットも便利な道具です。
 さて授業ですが、黒板を使い、ビデオを使い、時にはプリントを配布して、分かりやすい授業を心がけています。ビデオを準備するには、これぞという番組は録画しておいて、必要な画面を編集して使っています。ナレーションの音だけを頼りに編集していますので、時には良い画面もカットしてしまうこともあるのですが、それはそれでごあいきょうの一つです。私は分かりやすい授業、学生の知的関心を刺激するような授業を目指しているのですが、うまくいく時もあれば、いかない時もあります。そんな時はガックリときます。本当に授業は生きものです。これからも生きた授業を目指して試行錯誤を続けていきたいと思っております。
 ところで、私は9年前から盲導犬を持つようになりました。ラブラドールという種類の雄の犬です。訓練を終えて初めて盲導犬とともに授業に臨んだ時のことです。90分の間、私の盲導犬は教壇の脇に座ったまま、ほとんど動かず声も出さずにいたのです。これを見て、学生達はびっくり。私が盲導犬は外出の時だけでなく家に帰ってからも吠えることはないこと、食事は一日一回、排泄は私の指示があるまでは決してしないことなどを話すと、またまたびっくり。そして、授業が終わると、うれしそうにシッポをブルンブルン振って私の所にすり寄って来て、ハーネスに自分から頭を突っ込んできます。学生達との初顔合わせで、彼はたちまち学生達の人気者となりました。ある先生は授業中のおしゃべりがうるさい時に、「あなたたちも少しは盲導犬を見習いなさい」と注意されるそうです。
 教室の中に犬がいる、これはとてもすばらしいことではないかと思います。犬のおかげで教室の雰囲気はなごみ、時には授業の息ぬきに、折々のエピソードなどを話したりもします。これが私と学生達の距離を縮めてくれているような気もいたします。時には盲導犬のビデオを見せたりすると、「こういう感動的なビデオをもっと見せて欲しい」というリクエストが多く寄せられます。また、学生達を合宿や見学などに連れて行く時は、電車の乗り換えや駅の階段の昇り降りのようすを見て、教室の中とはちがった犬のようす、私をガイドすることに生きがいを持っている犬のようすをあらためて感じとるようです。
 犬の世話は飼い主である私がします。食事、排泄、毎日のブラッシング、散歩、時にはシャンプーなどです。最初は大変だなと思いましたが、慣れてしまえばどうということはありません。私自身が世話をするということで、犬との信頼関係が生まれ、一体感が強くなるものだと思います。私は犬を飼うのは初めてですが、盲導犬がきてから私の生活にうるおいが出てきました。失明した時に、それまでとは違った世界を体験したわけですが、盲導犬を持ってまた新たな世界を体験したという気がしています。盲導犬は外ではしっかり仕事をしてくれますが、家に帰るとすごい甘えん坊です。私もメロメロです。とは言っても、家の中でも吠えることも無く、うろうろすることもありません。ただ、私にダッコされてからでないと眠らないとか、いつの間にかすり寄って来て私の足に顔をのせているとか、とにかくスキンシップを求めてきます。こう書いてくると、私はちょっと思い入れが強すぎるのかもしれません。そうすると、この文章も客観性がなくなるのではないか、ただの親ばかぶりを書いているのではないか、そんな気もしてきます。
 私が感じている盲導犬の特徴を挙げてみますと、安全なガイド、しっかりしたしつけ、自己コントロールができるということ、そして甘えん坊ということではないかと思います。犬は自分の体の大きさと私の体の大きさをしっかり認識して歩いてくれますので、物にぶつかることもありませんし、駅のホームや階段から落ちるということもありません。現代は車社会ですから、いわば犬に命をあずけて歩いているわけです。もし犬が気を散らして勝手な方向へ歩くというような不安があったらとても危険で歩けるものではありません。ですから犬と人の間には100%の信頼関係があるわけです。とにかく、今は盲導犬のおかげで歩くことに神経を使うということが無くなりました。
 また、犬のマナーがしっかりしていないと、電車の中でも出かけた先でも盲導犬を受け入れてもらうことが難しくなります。逆にしつけの良さを見て、それまで渋い顔をしていた所でも態度ががらりと変わることがあります。そのしつけを壊さないように勤めるのが私達盲導犬使用者のつとめです。
 そして自己コントロール。ある時、どこでどうぶつけたのか前足から血を流していたことがありました。私はそれに気づかず、普通通り教室へ行きました。すると、前の席に座っていた学生が「大変、前足から血が出ている」と教えてくれたのです。そう言われて私ははじめて気がつきました。あわてて保健室へ行くと、なんと生づめが2本はがれていたのです。それでも私の犬はあわてず騒がず、私をガイドするという自分の仕事をきちんと果たしてくれたのです。もし、犬があわてふためいて大騒ぎをして、そのために私が歩道から足を踏みはずすことにでもなったら、そこへ車が来たら、これは命にかかわる大変危険なことです。このように痛みをがまんし、私を安全にガイドする、これができるのが盲導犬なのです。私との一体感、マナーの良さ、そして自己コントロール。これらのようすを見て、「学生の情操教育にどれだけ役立ってくれていることか」と言ってくださる先生もいらっしゃいます。
 学校では、新入生に対して4月に私の盲導犬に対する接し方を説明してくれます。すなわち、食べ物をあげない、触らないといったことです。外でも食べ物をもらえるとなると、次は欲しがるようになります。これでは、せっかくのしつけも壊れてしまいます。学内では、盲導犬はいつも私と一緒です。どこかにつなぐということもありません。鳴き声を立てることもないので、授業の妨害になることはありません。毎年学園祭には盲導犬の紹介用の教室を設けてくれます。そこに盲導犬・アイメイトの使用者とボランティアの方が来て、地域の人や他の学生達に詳しく紹介をしてくれています。このように盲導犬が来てからは、私にとっても学生にとってもいいことがたくさんありました。盲導犬を持つようになって私は次のような思いにとらわれます。私はたまたま人間として生まれてきたにすぎない、彼はたまたま犬として生まれてきたにすぎない、そしてたまたま一緒に暮らすことになった、どちらが主でどちらが従ということもない、たまたま命を受けた者同士、仲良くやっていこうではないか、そんな気持になるのです。
 私の犬は年が年なので、もう少しでリタイアです。盲導犬を持っていて、一番つらいことは犬との別れです。犬は年をとるのが速いので、一緒に歩けるのは約10年くらいです。リタイアした後は、ボランティアのご家庭が老後をめんどうみてくださるということになっております。ただ私の場合は、子離れができるかどうか全く自信がありません。その時のことを考えると、私の心はちじに乱れるといった状況です。

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