盲学校で社会科を教えています

   滋賀県立盲学校中学部教諭 長尾 博

 はじめに

 私は滋賀県立盲学校の長尾博といいます。この学校は私の母校でもあり、教職につかせていただき現在19年目を過ごしております。
 専門は世界史なのですが、この間、さまざまな学部で経験をさせていただきました。特に、知的発達障害をあわせもつ子どもたちとの出会いは私の世界観を大きく作りかえました。そして、いまでは、盲学校における重複教育カリキュラムの全面的な見直しが私のライフワークとなりつつあります。全盲の私が、重複の障害をもつ生徒とどのように奮戦してきたかについてもいつかは紹介したいのですが、今回は、私のような全盲の教師が弱視の生徒や全盲の生徒にどのように歴史を教えてきたかについて少し述べさせていただきます。

 対話式授業が私の歴史教育の土俵です

 歴史の時間は教科書通りすすめるのではおもしろくありません。毎時間テーマを決めて授業を組み立てます。歴史の流れを頭にいれさせつつも、「なんでこうなったの?」「どうしてそうはしなかったのかな?」など私は生徒たちに予想をいっぱいさせて名探偵コナンばりの推理を求めます。
 毎年、生徒は3名前後ですが、教師と生徒の間の親密さだけはどこの学校にもまけないのが盲学校です。生徒は予習をしてきたきていないにかかわらす、たのしい推理を必ず披露してくれます。
 私が出す中学部の歴史学習の最初のテーマは、「人類の誕生と進化、さて人間のやさしさも進化するのか?」です。こうして生徒と対話してすすめる授業を組み立てていくのです。

 人のやさしさも進化するの?

 いまから20万年〜4万年くらい前にネアンデルタール人という旧人の時代がありました。中期旧石器時代のことです。西アジアにあるシャニダール洞窟ではかれらネアンデルタール人の墓地が洞窟の中で見つかりました。何体もの遺骨が整然と埋められていたのです。そして、私たちを驚かせたのはこの埋葬の事実だけではありませんでした。洞窟の地面の周囲には、このあたりでは決して咲くことのない花粉の化石が多数存在していたのでした。
 「さあて、なぜこんなところに花粉の化石があるのだろう。ここから何が推理できるかな?」と私。「洞窟の中、光はとどかない。花は咲かない、しかもこのあたりにはない花の種類だ。」と私は説明を付け加えました。
 私は、死者に花をたむける習慣がこの時代にもうあったこと、何万年も昔の人類にもこのようなやさしさがあったこと、そして、この花にこめられたやさしさはいまの私たちのやさしさと同じだろうか、私たちのやさしさってネアンデルタール人の時代からどれほど進歩してきたのだろうという問いかけの意味に気づいてほしいのです。そんなとき、ある生徒が熟考のすえ「はい」といって答えてくれました。
 「先生、わかった、わかった。ネアンデルタール人が死んだ理由がわかった。」
 「ほおーっ、そんなことまでわかるんか?」
 「みんな花粉症で死んだんだ。」
 これには大爆笑…。とかく日頃からことば遊びで生徒を笑わせていた私も一本とられた授業でありました。

 教材研究の工夫と私のサポーター

 授業の中核は、自作のプリントです。このプリントは画面読み上げソフトを組み込んだパソコンを活用して点字版と普通字版を作っています。プリントの内容はどうするか、もちろん教科書を参考にしますが、それ以外の副読本や問題集など点字での出版のないものはスキャナをもちいてテキストファイルに変換しプリント作成に役立てています。
 また授業のネタになりそうな本や雑誌は音訳ボランティアに原本とカセットテープを送りテープに吹き込んでもらっています。そして、吹き込まれてきたテープが届くと、私はそれを聴きながらノートをつくっていきます。ノートといっても大切な個所をノート用のカセットテープにダビングして残していくのです。こうしてできたカセットによるノートが使いやすくなるかどうかは、管理のしかたで決まります。
 いつでも利用したいときに利用できるように管理する必要があるのです。そのために、パソコンのカード型データベースソフトをもちいてカセットノートを管理しています。
 カセットには点字で通し番号を張ります。この番号をインデックスにして、パソコンでデータを打ち込んでいます。何番のカセットには、どんな記事がはいっているか」のキーワードを打ち込んでおくのです。現在、私が管理しているカセットによるノートはおよそ2000本となっています。整理ダンス二竿におさまって、すきあらば安普請の私の部屋の床をぬこうとまちかまえているところであります。
 では、地図や図表はどうするか、これらは点図(点字で描かれた図)版と普通字版を用意しておきます。点図は点訳ボランティアの協力をえて一緒に作成します。普通字版の地図などは同僚やボランティアに見てもらい、その図でどこに注目させるべきかを頭にいれて授業にのぞみます。地図は必要な最小限のものを精選し、しっかり私自身が頭にいれておくことで、見える生徒にも伝えたいことを伝えることはできていると思っています。
 数年前より、対面朗読ボランティアが本校まで訪ねてきてくれるようになり、職場にて音訳サービスや目のかわりをしてくださる時間が週2時間程度保障されるようになっています。このような配慮をしてくださっている滋賀県の視覚障害者センターに感謝しています。

 おわりに

 「おまえひとりなら、どこまでできたかあやしいものだ」といわれると、確かにここまで教師としてやってこれたかどうかはあやしいといわざるをえません。同僚やボランティアのみなさんあってのいまの私でしょう。しかし、これだけは断言できます。私の授業は私が考えたものです。私のやり方も私があみだしたものです。授業作りにおいて私にはボランティアは必要ないのです。ただ、目のかわりをしてくれる人が必要なだけなのです。
 この教師としての本務である授業する力をおもう存分発揮するにあたって、私は目が見えないことをハンディにおもったことは一度もありません。見えなくても、見栄にくくても学ぶことはたのしいことだということをこれからも私は後輩たちに伝えていくことでしょう。

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