まともにぶつかれば通じる

 この文の筆者、小泉秀二さんは、2回目の登場です。「ひとこと証言集」の証言1で小泉さんの自己紹介もご参照ください。
また、本稿は、小泉さんの詩と散文を定期的に出している小泉さんのメールマガジン「放課後」(こもりうたの会発行)から許可を得て転載しています。(編集者)

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周ちゃんどえーす!

 中学校には生徒会活動の中に委員会活動というのがあります。僕はずっと広報委員会の担当をしています。広報委員会といっても新聞などを発行するわけではなく、毎日決まった時間に校内放送をするのが主な仕事です。朝、給食時、帰りの清掃時に生徒がCDを流したり連絡をしたりするのをサポートするのが僕の仕事です。

 那珂湊中学校にはなぜか放送室がなく、放送設備は職員室の隅にあり、そこで放送します。職員室への生徒の出入りは自由なので授業時間以外の職員室は賑やかです。それは、まあいいのですが、最近何人かの生徒がマイクやCDのボリユームをいたずらに来るようになりました。どちらかというと校内でも反社会的な行動をする生徒達の何人かなのです。
校内で自分が授業以外でできる仕事としては重要な仕事と考えているせいか、音に対して敏感になっているせいか、僕はこのいたずらが許せないのです。でも、いたずらする生徒は僕が放送設備の傍にいても僕に気付かれないようにいたずらをして逃げていきます。僕は悔しくてたまらず、なんとかとっつかまえて目に物見せてくれようと思っていました。
ある日の朝、マイクの傍にいると、だれかがいたずらをしたのが分かりました。僕はすかさず「こら、待て!」と大声で怒鳴りました。二、三人いたようでしたが、逃げ遅れた一人が立ち止まりました。僕はそちらに向かって「ふざけんじゃねえぞ、こら!」と怒鳴りました。するとなぜかその生徒の担任の先生が傍にいて「だからいたずらするなって言っただろ」と優しく言いました。その生徒の答えは「聞こえなかった・・・」。それで僕はまた頭にきて、また「ふざけんじゃねえよ!」と怒鳴りました。その生徒は何も言わず担任の先生と去って行ったようでした。僕はずっと溜まっていた怒りを爆発させてその時はすっきりしたような感じがしたのですが、放課後になってすごく疲れた感じになりました。 そのことがあって、もう大丈夫かなと思っていた数日後の掃除の時間、またいたずらをして逃げて行った生徒がいました。前の生徒とは違う二人組みでした。一人がもう一人の名前を呼んだので、そこからその生徒を突き止め、担任の先生に話をしました。その先生は「話をしておきます。でも、あの子はねえ・・・」。注意をしても受け容れないかもしれないといった感じでした。僕が国語を教えたとか、今までに何かのつながりがある生徒なら直接話ができるだろうし、また、そういう生徒ならこんないたずらはしないだろうとも思います。

 冷静に考えてみると、このいたずらにとてもこだわっている僕は変でした。
僕はその生徒が本当に憎くて本当にひねりつぶしたいほど憎く思ってしまうのでした。

 僕の座席は職員室のいちばん端にあります。後ろのドアを入ってまっすぐ七、八歩歩くとぶつかるところにあります。なぜいちばん端かというと、一年生担当の職員の座席がいちばん後ろだからです。僕はここ三年同じところに座っています。
僕の右側は職員室の隅でそこに一つ椅子が置いてあります。その椅子は僕にとって大切な椅子です。この椅子にはときどきお客さんが来て座ります。それは何人かの生徒達です。10分間の授業と授業の間の時間や20分ぐらいの昼休みに教室には居場所がない生徒が来て座っておしゃべりをしていきます。
授業時間でも、授業に入れない生徒がふらっと来て腰を降ろします。僕はただ傍にいっしょにいて何気ない会話をします。授業に出るようにと促しに来る先生がいるときは生徒が授業に行けるのであれば行かせますが、行けないような心の状態であれば、「私が預かりますから」と言って先生を納得させます。

 さて、先の放送設備をいたずらした生徒を怒鳴った話の続きですが、その後何日かしてその生徒が昼休みに来て僕の隣に置いてあるその椅子に座ったのです。
そして、僕の机の上に置いてある点字の本を見て「小学校の頃ちょっと習ったんだよね」と言いました。僕はそれを聞いて「んじゃちょっと打ってみっか?」と言って点字板に点字用紙をセットしました。「最初はな、六つの点を正確に打つ練習をするんだよ。六つ打つと『め』というかなになるんだけどな」と言って、その生徒に点筆を渡しました。
その生徒は「へえ・・・」と言って「『め』打ち」を始めました。それから「あいうえお」から「かきくけこ」まで教えました。その生徒の友達も寄ってきて「なるほど」などと言いながら見ていました。予鈴が鳴ったので「じゃ、続きはまた今度な」と言うと、その生徒は「うん、またね」と言って授業に行きました。何かちょっと救われたような気がした時間でした。

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