お祝いの言葉(1)
楠敏雄

 皆さん、こんにちは。楠といいます。私も、障害者の運動を始めて40年になります。1970年ぐらいに、障害者が人間として扱われたいと、扱われて当然だということを叫んで、かなりラジカルな運動をして有名になりました。いまはだいぶ歳を取って、穏健、軟弱になってきています。ともかく、何とか息をしている状況です。

 この40年間、障害者を取り巻く状況も、ずいぶんと変化してきたと思います。この視覚障害教師の会は数人で始めました。最初のころは、三宅先生と、真ん中あたりにいらっしゃる後藤先生の三人で、喫茶店で愚痴を言い合い、ぼやきながら出発しました。その組織が、いまは百名を超える仲間を結集するようになっており、これ自体がすばらしい成果だと思います。

 私が障害者としての叫びを始めたころは、本当に障害者はまだ一ひとりの人権をもつ人間として認められず、それが当然だという時代でした。私が大学に入学しようとしたとき、当時龍谷大学の教授から、入学を認めてやるかわりに、いっさい協力を求めるなという条件を付けられました。渋々それをのんで、入学せざるを得なかった時代です。

 現在でも駅のプラットホームから落ちて、亡くなったり怪我をする視覚障害者が後を絶ちません。けれども、私たちの時代は、プラットホームから落ちて国鉄に抗議に行きますと、本人の不注意だと言われました。国鉄はそんな障害者に責任を負う必要はなく、点字ブロックなどを付けるのは無駄な経費だとけんもほろろにはねつけられた時代だったのです。

 最近、大阪では、駅の普通のアナウンスで、黄色い点字ブロックの後ろまでお下がりくださいというように、正式に点字ブロックが認知されることになりました。これは文字どおり成果だと思いました。私たちが国鉄に申し入れたときは、点字ブロックなど認めないと、公然と言われた時代であったわけです。

 私はこの間、障害者自立支援法という法律に反対する運動をずっと続けてきました。障害者自立支援法は、障害を個人の責任にしています。だから、個人で自立をする努力をしなさい。そうすれば認めてあげるが一割は自己責任で負担しなさいという法律だったわけです。

 私たちは、この法律はおかしい。障害を個人の責任にして、あたかも利益を得ているような発想で様々な責任を課すのは、到底容認できないと、運動を続けました。その結果、ようやく自立支援法廃止という決定を勝ち取ったわけです。

 障害者の制度改革推進会議が発足し、新しい法制度をつくろう、障害者権利条約に見合ったその理念にそった法律をつくろうと、障害当事者を中心に非常な努力を重ね論議を続けた結果、障害者総合福祉法ができようとするところまでこぎつけました。

 しかし、いろいろな力関係や巻き返しの結果、内容的にも非常に不十分な障害者総合支援法という法律でおさめられようとしています。

 もちろん、3年後の見直しということで、内容的にはこれからまだまだ改善の余地がありますし、私たちの運動は決してこれで終わりではないわけです。

 現状では、自立支援法廃止という当時の長妻厚労大臣の宣言や、あるいは自立支援法が違憲のため違憲訴訟が一応和解して新しい制度にすることがひっくり返される状況にきているのを、私たちはしっかり受け止めなければならないと思います。

 教員も含め、今後の障害者の就労を拡大していくうえで、これは当然のことですが、障害者権利条約をしっかり日本政府に批准させることが私は一つの基本原則だと思います。その上で、三つのキーワードを確認しておきたいと思います。これは、日本語にそれなりに訳されているのですが、あまり適訳がないのです。

 たとえば、一番目のリーズナブル・アコモデーション(Reasonable Accommodation)です。これは合理的配慮と訳されています。どうも私は、この合理的配慮という言葉はしっくりこないのです。日本語で配慮という言葉には、いわば、配慮をする側とされる側という関係が存在しています。リーズナブルは合理的と訳していますが、誰にとって合理的なのか、これも非常にあいまいです。

 リーズナブル・アコモデーションをもう少し正確に議論する必要があるのではないかと思います。とにかく、障害者が働きやすい環境を整えさせないといけないわけです。もちろん、教育もそうですし、生活も、医療も、交通アクセスもそうです。あらゆる意味で、リーズナブル・アコモデーションを確立していかなければならないのです。

 二つ目はアファーマティブ・アクション(Affirmative Action)で、優先的措置などと訳されます。これは差別是正、被差別の状態を是正する行動、政策のことです。

 これが、日本ではなかなか受け入れられないのです。障害者だけ優先させるのはわがままだと、障害者自身のなかにもそういう発想をする人たちがまだまだ多いのは残念です。アファーマティブ・アクションは、やはり、一つの権利であり、不等な差別を受けてきた人たちが、優先的な是正措置を講じられるのは当然のことなのです。

 三つ目が、インクルーシブ・ソサイエティ(Inclusive society)です。排除させない、一人の人も排除しない社会をつくるということで、今後とも障害者の就労や働く権利を確立するための、非常に重要なキーワードになると思います。

 個人の努力や専門家の様々な治療の行為により、障害を軽減、克服するのが大事だと言われてきたこれまでの医学モデルに対し、今回の障害者基本法の改正で、障害は環境を改善することで、障害者が安心して生きられる社会ができるという社会モデルに、ようやく変わろうとしています。

 医学モデルから社会モデルへの変換を、今後とも基本的な原点にして、障害者の就労の確立を、私たちは目指していかなければならないと思います。

 もうじき、私の寿命も尽きるかもしれませんが、とにかく威勢だけはいいつもりですので、最後まで皆さんと一緒に頑張りたいと思います。どうもありがとうございました。


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