教師として自信を持てた瞬間(1)
三宅勝

 どう克服したかになりますが、先ほども少しお話申し上げましたが私は視覚障害者として教壇に復帰したときは新任と同じことでした。見えている時の経験はあるけれども見えなくなってどう教えるかといったら初めてです。やることなすことゼロからのスタートということだったのです。

 頭の中であれもこれもと総花的に考えてもとてもできるものではありません。自分がついこの間まで見えていたのでその時の授業を思い出しそれと同じことをするためにはどうしたらいいか、それに近くするためには何が必要かというところから始めようと1年間頑張ってみました。

 どう頑張ったかといったら、自分は幸いにして日本ライトハウスの指導者の先生方が熱心だったため、点字を習得することができました。あのとき点字を習得していなければ教師を続けられたかとまでいまでも思っているのです。私は音楽なので点字楽譜も覚えていけました。

 それをもとに音楽の教科書を通して生徒とどう関わるかということです。点字が読めるからなんとか本を読みながらと言っても実は墨字の本の何ページに何が書いてあるかはすでに知っているわけです。

 過去において授業をしており、同じ教科書を使ってもう10何年間もやっていますから教科の教科書は隅の隅までといったらいけませんがだいたいわかります。

 わかっているという顔をしたら生徒に対してなんだか傲慢に見えるのでいけないと思い、とにかく一生懸命に点字を探りながら生徒と一緒に読んでいったら生徒の方がこちらを向いてくるのです。

 授業中はこちらを向いているのでしょうが、向いてくるというのは授業が終わった後に集まってくるということです。

 私の持っている点字教科書をさーっと見ながらへえ、これがなんだかんだと言っているわけです。先生、これはどこでどう読むのかと聞いてくるから点字はこうなんだという話をします。

 説明してすぐに覚えられるものではありませんが、一生懸命に説明してやるのです。私もすぐに覚えられなかったことを生徒がいま聞いたからといって教えてもすぐに覚えられるものではないことはわかっていましたが一生懸命教えました。

 自分はこうして読んでいる、こうで、こうなっているということを一生懸命教えました。教えるというか、自分が習った経験を伝えているわけですが、そのことが良かったのかなといまはそう思うのです。

 というのは、生徒の方もすぐに覚えたとは思いませんが、聞かれたので次から次へと私は話し、休み時間はずっと音楽の時間の話の続きをしました。

 また、運動場の片隅にいるときに生徒が寄ってきたので話をしました。自分自身が一生懸命練習していることを、覚えようとしていることを彼らに伝えるという、その時の姿勢が彼らに伝わったと思うのです。


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