初の日韓視覚障害教師の会 親善交流大会を振り返って
全国視覚障害教師の会 代表 重田雅敏

 全国視覚障害教師の会は、今から33年前の1981年に大阪で結成された視覚障害教師の団体です。現在、小中高と大学、視覚特別支援学校の普通科に、100人以上が所属しています。毎年、5月・8月・12月に全国から会員が集まり、教育実践の向上と教育環境の改善を目指して研修をしています。今回、韓国視覚障害教師の会と初の親善交流大会が実施されましたので、その経緯やいぎ、実施の様子や成果について紹介します。

 今から3年前、30周年の記念式典をどのようなものにしようかと模索していた頃、会員から、大きな節目に当たり、研修大会を外国でしてはどうかとの意見が出されました。約30年前の会の発足当時は「自分以外に視覚に障害のある教師はいないのか」と、情報のない中で藁をも掴む思いで各地で孤立していた仲間を捜していました。この会が結成されたことにより、同じ境遇の仲間と出会って再び勇気を奮い起こし、沢山の視覚障害教師が仕事を継続しています。しかし、外国の状況は分かりません。視覚に障害のある教師が、どのように暮らし、どのように働いているのか。もし自分が外国に生まれていたらどうなっていたのか。たとえ力になれなくても、仲間がここにいることだけでも知らせたい。そんな思いがありました。

 近い韓国なら可能性があるのではないかと考えていたところ、日本点字図書館で「日韓友好の音楽会とシンポジウムの集い」がありました。終了後、国際視覚障害者援護協会の新井愛一郎氏の仲介で、韓国の視覚障害の先生方と話すことができました。交流の可能性について尋ねたところ、通訳のオー・テビン氏から、ぜひ来てください。通訳や宿泊先などで協力できますとのことでした。

 その後、進展のないままに2年半が過ぎてしまいましたが、栃木県の音楽教師、南沢創氏の熱意と、障害者職業総合センター特別研究員指田忠司氏の力添えのお陰で、韓国訪問が実現することになりました。驚いたのは、3年前には盲学校以外の情報はありませんでしたが、今では韓国にも視覚障害教師の会があり、120名も会員がいたことです。訪問団の参加者を会員から募集したところ、僅か二日間で17名が集まりました。内訳は、全盲の教師が11名、同行者が6名です。その中に、英語教師が6名、訪韓経験者が9名含まれています。また現地では、仲介役のオー・テビン氏、福岡教育大学講師のハン・スンミン氏をはじめ通訳が6名確保されました。航空券や宿泊先の手配、日程や会場の調整、お互いの発表内容や参加者プロフィールの翻訳など、連絡の難しさや言葉の壁を乗り越えて、2013年12月28日、初の日韓視覚障害教師の会親善交流大会が開催されました。

 広く世界に視野を広げて交流することにより、お互いの思いを共有し、多様な事例を蓄積していくことは、視覚障害を持つ教師にとって、極めて意義深いと考えます。私たちは、韓国の先生方の境遇や思いを聞き、日本の経験や活動をお伝えするという使命を強く感じて交流会に臨みました。

 会場は、ソウル市にある国立中央図書館で、広い会議室には大きな垂れ幕も用意されていました。韓国側からは20名の参加者がありました。幻のような存在だった、韓国の先生たちが今ここにいる。そんな興奮の中で、お互いの自己紹介が始まりました。韓国語、日本語、英語が飛び交う中、一人ひとり限られた時間を惜しんで発言しました。肉声が聞こえたとき、仲間と出会えた喜びや友好の気持ちが実感となって湧きあがってきました。 次に来賓のキム・ヨンイル 国立中央図書館障害者図書館館長、キム・ホシク ハサン障害者総合福祉館館長、チョェ・ドゥホ 理療学会会長、指田忠司 障害者職業総合センター特別研究員から祝辞をいただきました。

 知的障害特別支援学校の教師 イ・ナヨン氏のバイオリンの演奏の後、韓国教師の会総務のキム・ホンヨン氏の司会で全体会が始まりました。(以下の全体会と分科会の発表内容については、記録し翻訳されたものがありますので、詳しくはそちらをご参照ください。)

 韓国側の教師の会の紹介を会長のパク・チュンボン氏が、日本側の教師の会の紹介を事務局長の馬場洋子氏がしました。パク氏によると、韓国の視覚障害教師の会は、2009年に3人の視覚障害者の教員が集まって、増え続ける視覚障害者の教員の権利や、利益の向上のための土台を作りたいと願い活動を始めたそうです。2011年にソウルで初の定期総会を開き、現在120人の会員がいます。大きく二つの活動があり、一つは、定期大会や夏の合宿、毎月の行事などの親睦活動。二つ目は、権利や利益の向上のための制度や,政策作りを促す活動です。

 一方、日本の教師の会の紹介では、これまでのあゆみ、年3回の研修会や相談会の取り組み、3冊の実践記録集の出版、ホームページやメーリングリストノ開設、NHKのテレビドラマ制作への取材協力、視覚障害教師の働きやすい環境づくり、人権侵害に対する支援活動について紹介しました。

 次に、韓国側から二つ、日本側から一つ、発表がありました。

 一番目は、知的障害特別支援学校の教師、キム・ホンヨップ氏が、視覚障害教員の現状と勤務環境について発表しました。義務雇用制度の適用、教員採用試験の障害者枠募集、障害者の受験生の便宜支援、視覚障害教員の実態調査、補助教員配置の法制化、文書処理の電算化などについて、現状を紹介してくれました。義務雇用制度で教員の採用は増えたものの、採用後の支援が追いついていないことや、日本と同じような制度が多いという印象を受けました。

 二番目は、普通中学校の英語教師、キム・ギョンミン氏が、「私の学校生活について」発表しました。アイコンタクトがとれない状況や視覚的な指導ができない悩み、補助教員と比較される辛さ、援助・共感・対話など指導上の課題について、客観的に自身を見つめて率直に語りました。また、業務分担を任せてもらえない肩身の狭さや担任を受け持ちたいという夢や覚悟、将来への不安や期待などについても本音を隠すことなく述べて共感を集めました。教師になって3年目だそうですが、熱い思いが伝わってきて感動しました。

 三番目は、小学校の音楽教師、南沢創氏が「支え合い共にあゆむ教師生活」と題して発表しました。リコーダーで演奏する「アリラン」の美しい音色に始まり、自分の主張を堂々と述べていきました。理解のある校長先生に後押しされて、毎月全校に通信を出して、自分の考えや働く様子を知ってもらったり、全ての先生方と協力して、道徳や特別活動の授業を展開したりと、積極的な姿勢を前面に出しているそうです。元気一杯な姿が韓国側にも伝わったのではないでしょうか。 次に、三つのグループに分かれて、テーマに沿った話し合いがもたれました。第1グループは、学習内容や授業作りの分科会、第2グループは、教師の会の活動や支援制度の分科会、第3グループは、補助教員との関係や職場の人間関係の分科会でした。各分科会に、2人ずつの通訳が配置され、それぞれ韓国側と日本側の通訳を担当しました。40分という短時間にもかかわらず、活発な意見交換があり、お互いに知りたいことを聞き合いました。

 初の日韓親善交流大会でしたが、楽しく充実した取り組みとなり、仲間が倍に増えたような嬉しさを感じています。韓国に来るまでは、なかなか会えない、言葉の通じない異国の人でしたが、出会ってみれば、やはり同じ悩み同じ思いを共有する仲間でした。まだまだお互いに話したりないという思いがあり、会長のパク氏には、訪日を歓迎しますとお伝えしました。今回の取り組みが、狭い考えを打ち破り、より豊な教養と、対応力を兼ね備えた自信に成長することを願っています。それは必ず障害者と健常者の相互理解にも役に立つことでしょう。また障害者施設の見学や夕食会の交流を通して、書物からもインターネットからも得ることのできない、本物のの雰囲気や人々の心意気などを感じ取ることができました。そして心の通う確かな信頼関係への第一歩となりました。新しい扉を開いた日本と韓国の視覚障害教師の会の更なる発展を目指して、これからも交流を続けていきたいと思います。


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