きっかけとなった「日韓友好音楽とシンポジウムの集い」の報告
重田雅敏

 2011年1月22日、私は、日本点字図書館で行われた日韓友好の音楽会(前半)と、シンポジウム(後半)の集いに参加してきました。以下、概略をご紹介します。

 韓国からの方の来日歓迎の音楽会は、ピアノ伴奏による声楽者三名の歌でした。狭い部屋なのでマイクは不要、大きな歌声に圧倒されました。韓国の歌もありましたが、蚤の歌やオソレミヨなども印象に残りました。

 後半のシンポジウムでは、韓国の視覚障害者の文化・芸術・教育について講演とパネルディスカッションがありました。文化芸術については、カンナム障害者福祉館の館長さんや文化事業の担当責任者の方から、主に視覚障害者で活躍されている音楽家のかたがたについての紹介がありました。今、日本でも人気の「韓(から)」や「少女時代」と一緒に演奏しているビデオもありました。韓国では、活躍している障害者を「勝利人間」といってたたえているそうです。直接的というか、ちょっと表現がおもしろいですね。

 そして、本題の韓国の視覚生涯教育について、ソウル盲学校の英語の先生のキム・インヒさんから講演がありました。

 韓国では、1913年に盲学校が初めて創設され、

 現在、盲学校が13校あり、二千名が学んでいるそうです。幼稚部から高等部理療科まで学費は無料。地域の学校へは行かず、分離教育のスタイルで今まできているそうです。

 最近の傾向では、弱視生徒の増加、全生徒の7割程度。重度重複生徒の急激な増加、3割程度。理療科離れ、日本と同様に他の職種を望む生徒が増えているそうです。

 最近、特別枠が設けられたため、大学進学者が急激に増えたが、学力と点字などの学習環境の不足、コミュニケーションの問題から中途で断念する人がとても多いそうです。

 また、普及しているパソコンを追い風に、スクリーンリーダーを利用した、一般企業への就労もやはり、コミュニケーションの問題で、なかなか継続しないそうです。

 私からも、全国視覚障害教師の会の紹介をした後、韓国にも視覚障害を持った先生が、どの程度いるのか尋ねました。答えとしては、盲学校の教師の3割程度が視覚障害者で、普通校については、よく分からないが、最近、1〜2名採用されたと聞いた。

 また、重度重複児の卒業後についての質問には、簡単な作業など、まだプログラムを検討中。在宅になるのは良くないので、検討していかなければならない。とのことでした。

 日本の方が少し先を進んでいるのではないかと思えることもあったり、逆にパソコンなど韓国の方が先を進んでいるのではないかと思えることもあります。しかし、多少の違いはあるにしても、日本と同じような傾向と悩みを持っているんだなと思いました。このようなことは、理療のことを除けば、世界共通に起こりうることかも知れませんね。

 集い終了後、視覚障害者国際援護協会の山口和彦事務局長と、通訳のおー・テビン氏を在日中3年間自宅に滞在させていたという新井愛一郎氏の仲介で、通訳のオー・テビン氏とソウル盲学校の教師キム・インヒ氏、全盲の音楽の先生と話すことができました。

 私から「まだ、全くの白紙で、何も決まっているわけではありませんが、もし教師の会が、韓国のソウルで、夏期研修大会を開くとしたら、協力していただけるでしょうか。」と聞いてみたところ、オー・テビン氏から、「ぜひ来てください。もし韓国に来られる時には、連絡をいただければ、宿泊先の手配や、通訳、交流について協力できます。」と温かい言葉をいただきました。

 今年の大会は和歌山周辺で決定していますので、来年の夏の候補地の一つにしても良いのではないかとおもいました。沖縄や北海道よりも安く済むと思いますし、ちょうど教師の会創設30周年記念行事にしてはどうかとも考えました。


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