韓国交流ツアーレポ
櫻井昌子

 では皆さん。渡航準備はよろしいでしょうか?行きますよ〜!

 「年末に韓国に行って、現地の視覚障害のある先生たちと交流する」という計画を初めて聞いたとき、とてもわくわくしたことを覚えています。韓国、いいねえ!おいしいもの多いし(笑い)。しかも、ただの旅行じゃなくて、実際に韓国の先生方と直接お話しできるなんてすてき!もし実現したら、絶対普通じゃあ体験できないことができること間違いなし!

 最初は「あくまでも計画段階」だということで、でも、あれよあれよといううちに、話が現実化。南沢さんや指田さん、重田さんの行動力の素晴らしさを目の当りにした数週間でした。

 立ち上げられた交流会MLでは、自己紹介や必要な情報周知だけでなく、重田さんプレゼンツの「韓国豆知識」や南沢さんの「韓国のお金と物の値段の話」というコラムがあったり、遊びに関してはお任せ!の宮地さんからの観光情報あり、指田さんからのホテルに関する詳細な情報もあり、盛りだくさんの内容でした。通訳をしてくださるオさんやジェミンさんたちからも、現地のお天気情報が詳細に送られてきて、とても参考になりました。

 拡大役員会の直前に呉(オ)さんが日本語に訳し、南沢さんが校正作業をしてくださり、みんなに届いた韓国側の発表原稿。重田さんも書いていらっしゃいましたが、3年目の英語の先生の発表内容を読み、姿勢を正される思いでした。彼女の悩み・自分が体験したことのない「視覚的な授業」を作ることの難しさ、生徒の様子を把握することやアイコンタクトの問題、そして、自分がたとえば担任をやりたいなど仕事をさらにしたいと望むことは、サポートの先生や他の同僚の仕事を増やすことに繋がり、それは単に自己満足に過ぎないのではないかという懸念。それらはだれもがぶつかったことのある悩みやコンプレックスなのではないでしょうか。それでも、前向きに現実を見つめ、自分ができる方法を模索し実行に移している彼女を私はとても尊敬し、今回の交流会に参加する意義と意味をかみしめたのでした。

 12月27日、出発の日。あの日はともかく夜眠るまでが怒涛のように流れて行きました。

 空港で、韓国視覚障害教師の会のリーダーのパク・チュンボンさん、そして会員のイ・ナヨンさんが出迎えてくださり、そこからが交流のスタートでした。

 ホテルにチェックイン後すぐに向かった韓国の大衆食堂のようなお店では、たくさんの韓国の先生方が私たちを待っていてくれ、日韓それぞれ数人ずつが入る感じで席に付きました。

 そこでいきなり外国人同士のコミュニケーションの障害にぶつかった私。隣に座ったリーダーが「ビール、ビール」と言うので「ビールを飲むか?」と聞かれているのかと思い、「イエス、プリーズ。アイ ラブ ビヤ」と答えたら、なんとそれは、斜め前にいたピールさんという会員さんを紹介していたのでした。その事実を知ったときは、「うぎょうー」と叫びそうになりましたよ(穴があったら入りたいというのはまさにああいう心境)。

 ところで、リーダーのチュンボンさん、とにかくすごかった。なにがかと言うと、こちらはぜんぜん韓国語がわからないのにまったく動じず韓国語でどんどん話しかけてくるんです。英語で答えても返ってくるのはやっぱり韓国語。しかも、手を取りあっちに動かしたりこっちに動かしたり、指を開いて1本ずつ握りながら数を伝えたりと、「伝えよう」とする気持ちが半端じゃなくびんびん伝わってくるんです。それでもさすがに言葉までは変換されてはこないので、ジェミンさんに通訳してもらったり、後半はこちらが英語で話し続けていたからかやっと英語で話してくれて、お互いの学校のことなどを少し話すことができました。

 驚いたのは、韓国視覚障害教師の会の先生方が全体的にとても若いということ。その日にいたメンバーは、20代後半から30代前半の先生がほとんどのようでした。その理由は、教師の会事態が2009年に設立され、まだ新しいからではないかということと、中途失明の先生と言うよりはもともと全盲あるいは弱視で新規採用で教師として働くようになった人がほとんどだからのようでした。また、皆さんと話しているうちに韓国では盲学校と言うよりは普通学校やスペシャルスクールで様々な障害の生徒に様々な教科を教えている人が多いということもわかってきました。同じテーブルになったウンニョンさん(これは確実に読み方が違うと思います。響き的にはこんな感じ)は普通小の特殊学級で国語と数学を教えていると言っていたし、ピールさんはスペシャルスクールの中学部で数学とコンピューターと社会だったかな。イ・ナヨオンさんも知的障害の生徒にミュージックを教えているとのこと。ちなみに、視覚障害者の職業については昔はやはりマッサージなどが多かったけれど、今は新聞社など職域も拡大されているとリーダーが話していました。もっと詳しく聞こうとしたところで、自己紹介になってしまったのでその話はそこで終わってしまったのですが。

 韓国の飲みのマナー、正面を向いて飲むのは失礼で横のしかも自分より若い人の方を向いて飲むのが礼儀だとか、日本はまだグラスにお酒が残っていても次ぎをつぐけれど韓国は完全に飲み干してからなどを知ったのもこのときでした。お隣の国なのに本当にいろいろと習慣が違うんだなと実感した時間でした

 自己紹介は想像以上に盛り上がりました。日本語、韓国語、英語が双方から飛び出ししょっちゅう笑いが起きるとても和やかな雰囲気でした。今あの空気を思い出しても思わずにこにこしちゃうくらい。去年ブラインドサッカーで日本に来た人からJVTの会員である黒田さんの名前が挙がったりもしていました。重田さんのレポートにもあった南沢さんのろうろうと響く韓国語の歌も素晴らしく、大喝采で「はじめ」コールが起こっていました。

 と書いていたらかなーり長くなってしまったので、他のパートは他の皆さんにお任せするとして、ここからは印象に残ったことや感じたことを短歌にしてお届けすることにしましょう。

1 韓国の冬休み、2月最初まで、2週間後はまた春休み
* 2月の最初くらいまでが冬休みとのこと。3月からが新年度らしいのですが。うらやましいけど、不思議な学期設定ですよね。 

2 日本語をアニメで覚えたソンミンさん、日本語発表 爆笑してた
* 記念式典で隣になったイ・ソンミンさん。「ワンピース」で日本語を覚えたらしいのですが、通訳を聞かずして日本人と同じタイミングで笑っていたのにはおどろきました。南沢さんの発表、大絶賛でしたよ!

3 私たちこんなに仲良くなれるのに政治上ではなぜいつまでも?
* 今回韓国の皆さんと交流を深めたり仲良くなったりして、一番に感じたことはこれでした。過去の悲劇や犯してしまった罪を忘れてはいけないけれど、それに縛られるのではなく前向きな方向に向けて友好関係を作っていけたらいいのにと強く強く思いました。

4 また会おう、次回は日本、約束ね、精一杯のお礼イムニダ
* 本当に幸せな素晴らしい時間でした。直面している状況や悩んでいることには多くの共通点があることもわかりました。次回、日本での第2段では、更なる情報交換や議論を深められたらと願います。そして、韓国の先生方がしてくださった心のこもったおもてなしのお返しをせいいっぱいしたいと。私たちが今、韓国という国を素敵な思いでと共に思い浮かべることができるように、韓国の先生方にも日本を笑顔で思い浮かべられるようになって帰ってもらいたいと思うのです。

 最後になりましたが、短期間の間に今回の交流会実現に向け企画・運営をしてくださいました指田さん、南沢さん、重田さん、理恵さんを始め、通訳やサポートで支えてくださった皆さん、その他今回の交流会実現に向け動いてくださったたくさんの皆様に心からの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

 次回に向けて、えいえいおー!

 以上です。


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