2013年8月11日、福井での夏期研修大会で、講師の指田先生から「先日訪韓した時に、韓国の先生から、いつ来るのかと訪ねられた。」と伺いました。韓国の視覚障害の先生方が期待して待っていてくれることが分かった以上、具体化を真剣に考えなくてはならないと思いました。その思いを南沢先生に話したところ、なんと8月のうちに韓国を訪問し、渡航手続きや費用、現地の交通や宿泊先の状況などについて詳しく調べてきてくれました。2人で話し合い、9月3日には、実施の概要を役員会に提案しました。一方、新井愛一郎氏からも再度韓国の呉泰敏先生の連絡先をお聞きして、9月10日に連絡を取りました。タイミングよく9月24日に指田先生が別の用事で訪韓されることを知り、韓国の教師の会や仲介をお願いした呉泰敏先生に会って、交流の会の具体化に向けた交渉をして欲しいとお願いしました。

 指田先生の帰国後、交流の話は一気に進展し、早割り航空券の申し込み期限に迫られて僅か二日間で参加者の募集を締め切り、17名が即座に集まりました。その後、ホテルの手配では、契約条件の確認や送金手続きに手間取ったり、交流内容やスケジュールの調整などもあって、指田先生と呉先生を中心に沢山のやり取りがなされました。その中で一番驚いたのは、韓国側にも100名を越える視覚障害者の教師の会があり、活発に活動していることが分かったことです。韓国側でも、参加者人数の把握や見学先の調整が難航し、会場決定がこちらに報告されたのは3日前でした。また、お互いの参加者プロフィールの紹介や発表内容の翻訳の分担の調整がつかず、前々日まで見通しがもてない状況でした。夜中になって、呉先生から長文の発表内容の原稿が送信されてきたため、南沢先生の徹夜の更正作業により、韓国側の発表の内容を、ぎりぎりのタイミングで会員MLや拡大役員会の会場に伝えることができました。

 出発前日には、東京都障害者総合スポーツセンターを会場に1泊2日の日程で拡大役員会が開かれ、30名が参加しました。そこで指田先生から韓国の障害児教育の歴史や障害者雇用に関する制度、視覚障害教師の状況についての講演を聞きました。その直後に時間が取れて、韓国側の3人の先生の発表内容を、たまたま移動のガイドでお手伝いいただいていた音読サークルの方々に、急遽お願いして読み上げていただきました。韓国側の先生方の悩みや教職に対する熱い気持ちが心に響き、その場にいた先生方全員が、韓国の人達も同じ悩み同じ境遇であることを実感しました。そして今回の交流が、いかに意義のあるものかを理解しました。翌日、出発日の午前中に開かれた壮行会では、責任の重さに身の引き締まる思いの交流ツアー参加者もさることながら、送り出す側の先生方からも熱いメッセージが次々に話され、自分たちも参加したかったという重いがひしひしと伝わってきました。最後に、ソウルでの夕食の親睦会の出しものを企画してくれていた大胡田先生を中心に「ウリナラ コ(私たちの国の花という韓国の歌)」の練習をしました。合唱しているうちに交流を成功させたいという思いが一層強くなり、みんなの気持ちが一つになりました。昼食後、残る人達に見送られて、訪問団の11名は、羽田に向けて出発しました。

 羽田空港の国際線出発ロビーには、途中で合流した2名と現地集合の3名が無事到着し、16名全員が集合しました。内訳は、視覚障害者が10名、肢体不自由が1名、同行者が5名です。また、英語の教師が6名、韓国語に馴染みのある人が2名、大学関係者や研究者が3名、韓国滞在や旅行経験者が10名という強力なメンバーです。移動時の体制や注意事項を確認後、同行者の取りまとめ役の南沢理恵さんの指示で、結成されたばかりの視覚障害者の集団は、出国手続きを済ませ、ボディーチェックを通り抜けて飛行機に搭乗しました。離陸直後は、悪天候の関係でかなり揺れましたが、上空に達すると安定し、機内食もでてリラックスすることができました。ちょっと荒っぽい着陸で金浦空港に到着した後、韓国語の飛び交う雰囲気を楽しみながら入国手続きや指紋と顔写真の撮影も何とか通り抜けて、とうとう韓国の土を踏みました。屋外は、予想通りに風が冷たく、とうとう来たんだなという感慨がこみ上げてきました。すぐにお迎えの方々が、私たちを見つけてバスから出てきてくれました。長かった準備期間とは裏腹に、出会いは突然やってきました。目の前に会長のパク・チュンボン先生が立っていました。そして、ぎこちない韓国語で挨拶し、握手をしました。パク・チュンボン先生は、背が高く落ち着いていて、とても頼りになりそうな若い男性でした。バスの座席に座ると少し余裕が出て、周囲の状況が分かってきました。会長のパク先生より韓国語でコースや日程の説明があり、イ・ナヨン先生という若い女性が、英語と片言の日本語で通訳してくれました。しばらくすると後ろの座席では、すでに英語の先生たちや韓国語の得意な大川先生親子が、パク・ちゅんぼん先生に話しかけていて、和やかな雰囲気になっていました。私も英語の宮地先生の力を借りて、イ・ナヨン先生に、思い浮かぶままに、学校制度などについて質問してみました。案外楽しく会話ができたので、これから3日間何とかなりそうな気がしてきました。バスは、ソウル市を南北に分断する漢江(ハンガン)を渡り、ソウル市の中心部を通って宿泊先のセンターマークホテルにつきました。そこには呉先生をはじめ何人かの韓国の先生方が出迎えてくれていました。荷物をフロントに預けて、すぐに歓迎夕食会の行われる食事場所に歩いて行きました。冷たい風の中を交通量の多い道路のでこぼこした歩道を10分ほど歩いて行くと、にぎやかな大衆食堂のようなところに着きました。そこにはすでに、大勢の韓国の先生方が待っていて、私たちを元気よく迎えてくれました。

 お店の中は、とても賑やかで、韓国語が聞こえてくる以外は、日本の居酒屋と同じようでした。焼肉を焼く音が一段落するのを待って、一人ひとり自己紹介をし、韓国語、英語、日本語が入り乱れる状況の中で、話の内容に笑ったり、うなずいたり、感心したりしました。韓国の焼酎やマッコリというヨーグルトに近い味のお酒を飲みながら、焼いた肉を白菜で包んで食べたり、ちぢみやチゲを食べたりしました。途中、南沢先生が素晴らしい歌声を披露すると、韓国の先生から大きな拍手が沸き起こりました。私たちにとって、幻のような存在だった韓国の先生方が、今ここで一緒にいる。夢が現実となったとき、好奇心は存在を確かめることから、さらに先へと広がりました。もっと色々な人と話したいと思っていましたが、閉店の11時になったという声が掛かり宴会は呆気なく終了となりました。急かされながら外に出ると、冷たい寒気がさすように感じられました。そして一行は、ホテルに向けて歩き出しました。遠い国のように思っていた韓国が、急に身近な街、どこか懐かしい街のように思えてきました。こうして長かった一日が、漸く終わりました。

 翌朝、12月28日、今日こそ交流会の日です。どんな話が聞けるのか期待がますます膨らんできました。バイキングの朝食を済ませて、9時にロビーに集合すると、パク・チュンボン先生や呉先生たちが、迎えに来てくれました。早速バスに乗り込んで新しくなったソウル市役所に向かいました。市役所前には屋外スケートリンクがあり、楽しそうな音楽が流れていました。陽の当たるところでは何とか過ごせますが、日陰では震えるほどの寒さです。一行は、新築のソウル市役所ではなく、隣の古い建物の中にあるソウル市図書館に行きました。この建物は、日本の統治時代に建てられたもので、暗いイメージのあるこの建物を取り壊すか、保存するかで論争があったそうです。結局、歴史の証人として保存されることになり、いまは市民サービスの拠点として使われています。その一角に視覚障害者向けの図書館があり、まずそこを見学させてもらいました。部屋に入ると、ハン・シンエイさんという若い女性が出迎えてくれて、点字の本や拡大読書器の置かれているコーナーを案内してくれました。その後、全員着席して、図書館についての話を聞きました。サービスの対象が市域に限定されていることや、一人で通ってくる人が少ないことなどを話してくれました。また、ハン・シンエイさんは、勤め始めて9ヶ月の弱視の方で、障害のある人が働くための制度について説明してくれました。韓国にも雇用促進法のようなものがあり、雇用率は日本よりも高いようです。また、働く上で障害を理由とした差別があったときに、訴えを受け止める機関があるらしく、ちょっとうらやましく思いました。御礼を述べて記念撮影をした後、隣の新しくできた、地上13階、地下5階の建物に行きました。新しい建物は壁面がすべてガラスで、その内側に植物が波のように配列されていて、エコ対策が施されているそうです。1階から3階に掛けての見学コースには、市役所周辺から出土した文化財が陳列され、中には秀吉軍の兵器などもあったそうです。陳列物がすべてガラスケースの中にあったので、後ろにつかまっていた全盲のイ・ナヨン先生に、盛岡の手で見る博物館の話をしたところ、とても興味を持ち感心して聞いてくれました。最後に駆けつけてくれた市役所の日本語ガイドの方が、市役所の建物やその歴史、業務内容やエコ対策について話してくれました。やはり、日本統治時代のことがもっと聞いてみたかったのですが、御礼を言う間もなく、次の見学先に移動することになってしまいました。

 バスで漢江(ハンガン)を渡り、市の南側の地域にある国立中央図書館に行きました。到着後、そこのレストランで昼食を取りました。チャプチェや蜂蜜水が、なかなかおいしかったです。それから別の広い建物に移動し、二つのグループに分かれて図書館を見学しました。ここは日本の国会図書館に当たる場所で、障害者向けの部門は、点字図書館のような役割を果たしているようです。ここには、日本よりも簡易なデイジー形式の図書のようなmp3書籍もあり、また全国に点字の本や録音版の配送サービスもしているそうです。見学後広々とした読書用の部屋を通って、いよいよ交流の場である会議室にいきました。


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