会議室は、とても広く天井も高いように感じました。設備もとても新しく正面には、韓日視覚障害者教師の会 親善交流大会と書かれた垂れ幕が掲げられ、演壇の中央に机とマイクが置かれています。右側の壁面近くには、司会進行の方や通訳の方々の机とマイクが置かれているようです。なにしろ通訳の方が六名も来て頂いていて、韓国側を呉泰敏先生と、ソウル外語大学の二名で、日本側を韓星民先生と、サ・ジェミンさん、外語大学の1名で担当することになったと聞きました。また、後ろの席には水のペットボトルも用意されていたり、席の座り方も、日韓で交互に座るように案内されるなど、配慮が行き届いていました。本格的な国際会議場のような会場設定に緊張を覚えましたが、韓国の先生方が、ここまで力を尽くして準備してくれたことに感謝の気持ちが沸いてきました。また、立派な会場に負けないように、できるだけ心の通う交流にしたいと思いました。

 そして、ずっと期待していた交流会が始まりました。最初は、日本側の意見を取り入れていただき、自己紹介になりました。名前や学校名、教科や仕事の内容について、一人ひとり話していきました。韓国の方のお名前は、同じ姓が多く、名の方の発音も微妙で覚えることは、なかなか難しいのですが、一人ひとりの肉声を聞くことができて、人柄や雰囲気を感じ取ることができました。声を聞くことで存在を確かめ、親近感を感じることができるという思いを強くしました。また、日本側の先生方も、国際会議にも全くしり込みすることなく、韓国語や英語を交えながら生き生きと発言して会場の反応を楽しんでいました。みなさん大物ですね。もっと時間があれば、趣味や近況を話したかったと思います。

 次に、来賓からのお祝いの言葉がありました。
・キム・ヨンイル、朝鮮大学特修教育学科教授。(現在は休職中)で、国立中央図書館の障害者図書館館長
・キム・ホシク、ハサン障害者総合福祉館館長
・チョェ・ドゥホ、ソウル盲学校の教員で理療学会会長
・指田忠司、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構。障害者職業総合センター特別研究員
の先生方から祝辞をいただきました。みなさん、とても和やかで、話が長くならないように頑張りますなどと言って会場を笑わせていました。やはり同じ障害者やその関係者ということで話されていたのか、温かい気持ちが伝わってきました。

 次に、知的障害特別支援学校の教員、イ・ナヨン先生が、私たちのためにバイオリンを演奏してくれました。お話が続いていたので、ほっと一息つくことができました。

 次はお互いの教師の会の活動の紹介です。韓国側からは、会長のパク・チュンボン先生から韓国の教師の会の活動の紹介がありました。教師の会は、結成して4年半、会員数は120名。雇用を促進する義務雇用制度があるので、会員数は増え続けているが、働く環境の改善や視覚障害教師への支援が追いついていない。具体的に要求しているものは、補助機器や補助者、教科書や指導書、アクセス権の確保や視覚障害者の教員を支援する法律の作成などだそうです。また、定期大会や夏の合宿、毎月、親睦的な集まりも開催して、会員の繋がりを密にしているとのことでした。詳しくは、日本語訳の文章がありますので、そちらをご覧ください。

 日本側からは、私が簡単な代表の挨拶をしたあと、事務局長の馬場先生から、JVTのあゆみや活動の概要について、説明をしてもらいました。私は、緊張して、余り上手くは言えなかったのですが、バトンタッチした馬場先生が、とても落ち着いて、気持ちをこめて話してくれたので、肝心な内容は、韓国の先生方にしっかり伝わったと思います。詳しくは、発表原稿がありますので、そちらをご覧ください。

 そのご、韓国側の先生から二つの発表がありました。

 一つ目は、知的障害特別支援学校の教員、キム・ホンヨップ先生が、視覚障害教員の現状及び,勤務環境について発表されました。義務雇用制度の適用、教員採用試験の障害者枠募集の採用、障害者の受験生の便宜支援、視覚障害教員の実態調査、補助教員配置の法制化、文書処理の電算化などについて、現状を紹介してくれました。日本の状況や制度と似通ったものが多いようなので、とても理解しやすく印象に残りました。詳しくは日本語訳の文章がありますので、そちらをご覧ください。

 二つ目は、普通中学校の英語教員、キム・ギョンミン先生が、「私の学校生活について」発表されました。授業と生活指導についての困難さや課題では、アイコンタクトがとれないもどかしさ。視覚中心の生徒と聴覚に頼る自分との違いによる難しさ。補助教員との比較される辛さ。生徒への援助、生徒との共感、生徒との対話の大切さについて話されました。また、業務分担の確保、担任を受け持つ場合の課題、熟練した時の立場への不安、未来への期待などについても話されました。自分自身の職場での状況を、客観的に考察し、本音の部分も隠すことなく発表されていました。まだ3年めということで、若い情熱と、まっすぐな向上心が伝わってきました。一生懸命頑張っている姿勢に、エールを送りたいと思いました。詳しくは、日本語訳の文章がありますので、そちらをご覧ください。

 発表の最後は、南沢先生です。突然、リコーダーで「アリラン」を吹き始めました。みなさん、その美しい音色に聴き入って、注目度は抜群です。大きな拍手の後、開口一番、どでかい声で、会場を圧倒し、南沢節が全開、自分の主張を朗々と述べて聴衆の視線を釘付けにし、最後には、ダメ押しでJVTの宣伝までしっかりして終了しました。桁違いのプレゼンテーション能力に、一堂舌を巻きました。内容については、後ほど南沢先生から発表原稿が投稿されると思います。

 韓国側の素晴らしい発表内容を事前に知っていたので、日本側の発表が準備不足で見劣りしてしまうのではないかと心配していたのですが、日本側の先生方の自己紹介での明るく積極的な姿勢、馬場先生の気持ちをこめた発表、そして、南沢先生の迫力に、取り越し苦労だったと後悔しました。韓国の先生方も、20代後半から、30代前半の若い人たちが中心で、力がみなぎっていますが、私たちの側にも、素晴らしい人材が沢山いることが良く分かり、JVTの将来も大いに期待できると思いました。

 次に、三つのグループに分かれて、テーマに沿った話し合いがもたれました。

 第1グループは、学習内容や授業作りの分科会で、桜井先生、大胡田先生、大川先生が参加しました。

 第2グループは、教師の会の活動や社会制度の分科会で、指田先生、馬場先生、長尾先生、中村先生が参加しました。

 第3グループは、補助教員との関係や職場の人間関係の分科会で、南沢先生、宮地先生、堀口先生、重田が参加しました。

 各分科会の内容については、後で報告がありますが、私が参加した、第3分科会について簡単に様子を紹介します。各分科会には、2人ずつの通訳の方が配置され、それぞれ韓国側と日本側の通訳を担当してくれました。第3分科会の韓国側の参加者は5名でした。内容の一部を、ご紹介すると、職場の同僚から嫌がらせを受けているが、特に障害者を対称にしているというよりは、他の人に対しても同じような態度をすることがある。家庭科の実習をしている時は、補助教員に手伝ってもらっているが、問題点も多く困っている。などが韓国側の先生方から出されました。全員の先生方の悩みや、それに対するアドバイスなどを、お互いにもっとしっかりしたいと思いましたが、時間が40分しかなかったので、不十分なままに終了してしまいました。また、通訳の力を借りての話し合いだったので、話がなかなか前に進まず、歯がゆい思いをすることもありました。言葉が違うので、仕方がないことかもしれませんが、日頃から簡潔に分かりやすく話せるように練習しておく必要がありそうです。

 終了後、徒歩で夕食のレストランに向かいました。10分足らずで到着し、さっきの分科会ごとに、着席してくださいと言われましたが、テーブルの配置の関係で、そうならない人もいました。座席は、昨日よりもずっとゆったりしていて、雰囲気も少しおしゃれでした。2日目なので、みなさん大分打ち解けて、思いつく言葉でおしゃべりが始まりました。関係者が次々に立って、挨拶したり乾杯の音頭を取ったり、楽しい雰囲気で時間が過ぎていきました。料理は、焼肉の白菜巻きや海苔巻き、ちぢみや餃子の入ったチゲ鍋も出されました。程よい頃を見計らって、親善余興担当の大胡田先生が立って、ゲームを始めました。いろいろな動物の鳴き声を、櫻井先生、宮地先生…が日本語で鳴き、韓国の先生方が、何の動物かを当てるゲームです。うぐいす、馬、カエル、にわとりなど次々に出題されました。みなさん良く聞いて、韓国名詞で答えていました。やはり、うぐいすが一番難しかったようです。ゲームで盛り上がって来たところで、最後に、日本でも練習してきた、「ウリナラ コ(私たちの国の花)」を、ハーモニカを大胡田せんせい、リコーダーを櫻井・宮地先生が演奏し、馬場先生の歌詞コールで、全員が立って、みんなで合唱しました。とても簡単で有名な曲なので、気持ちを一つにして歌うことができました。こうして盛況のうちに夕食の宴は終了し、ホテルに向かいました。

 80万人が集結するという労働組合のデモがソウル市の中心部であるという情報があり、タクシーを利用する宮地先生、桜井先生、指田先生意外は、地下鉄で帰ることになりました。地下鉄の駅まで15分程度歩きましたが、前の日よりは、少し寒さがましのように思えました。ソウルの地下鉄は、切符を買うのではなく、カードを購入して、到着駅でそのカードを機械に返却し、購入時に一緒に取られた保証金を受け取る仕組みです。また、改札のカードをタッチする場所が高く、胸ぐらいの高さにありますし、回転ドアのように棒を押し回して構内に入場します。エスカレーターの乗り口の真ん中には、太いくいがあって、気をつけないと、足をぶつけてしまいます。また電車内のシートはプラスチックで硬く、火災予防使用になっているそうです。よいのは、すべての駅にホームドアが設置されていることです。一行は、途中で乗り換えて、特に混乱もなく、ホテルに到着しました。その後、まだまだ元気な人達は、ホテル近くの居酒屋や喫茶店に行って楽しみました。こうして、韓国親善交流ツアーのメインイベントは、無事大成功のうちに終了することができました。


前のページに戻る

「目次」にもどる

トップページへもどる